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東京地方裁判所 平成4年(ワ)16591号 判決

主文

一  被告ラーン・ウイズ・ジョイ株式会社は、同清家宏朗及び同清家守道は、各自、別紙認容金額目録・氏名欄記載の原告らに対し、同目録認容金額欄記載の各金員及び右各金員に対する平成五年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  前項記載の原告らのうち、別紙請求債権目録記載原告番号10、15、19、44、45、67、68、91、94及び96の各原告らの被告ラーン・ウイズ・ジョイ株式会社、同清家宏朗及び同清家守道に対するその余の請求及び前項記載の原告らの被告宮川隆雄、同青野弘佶及び同清家美代子に対する請求をいずれも棄却する。

三  第一項記載以外の原告らの請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用の負担は、以下のとおりとする。

1  原告らの被告ラーン・ウイズ・ジョイ株式会社、同清家宏朗及び同清家守道に対する請求に関して生じた部分については以下のとおりとする。

(一)  別紙認容金額目録・氏名欄記載の原告らの請求に関して生じた部分については、右被告らの負担とする。

(二)  同目録・氏名欄記載以外の原告らの請求に関して生じた部分については、同原告らの負担とする。

2  原告らの被告宮川隆雄、同青野弘佶及び同清家美代子に対する請求に関して生じた部分については、原告らの負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告らは、各自、別紙請求債権目録(以下、単に「請求債権目録」という。)の原告番号欄1ないし107記載の原告らに対し、同目録「請求金額」欄記載の各金員及び右各金員に対する平成五年二月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を各支払え。

第二  事案の概要

一1  本件において、原告らが主張する事実関係の概要は以下のとおりである。すなわち、原告ら一〇七名は、東京都新宿区大久保二丁目において、日本語学校を経営する被告ラーン・ウイズ・ジョイ株式会社(以下「被告会社」という。)に対し、請求債権目録「預託金額」欄記載の金員を、同校への入学希望者らが入学の前提となる日本国における在留許可がおりない等の場合には、全額返還するとの約束の下に、これを預託した。

ところが、被告会社の代表取締役である被告清家宏朗(以下「被告宏朗」という。)、同取締役の被告清家守道(以下「被告守道」という。)及び同監査役の被告清家美代子(以下「被告美代子」という。)らは、同会社の放漫経営を続け、さらに被告宮川隆雄(被告会社取締役)及び同青野弘佶(被告会社取締役)が同会社の経営に関する取締役としての監視義務を尽くさなかつたため、同会社は、平成四年四月、運転資金に窮して倒産するに至つた。そのため、原告らは、被告会社から、前記預託金の返還を受けることができず、同額の損害を被つた。

2  原告らは、右1の事実を前提として、被告ら各自に対し、被告会社に対しては本件預託契約に基づき、被告宏朗、同守道、同宮川及び同青野に対しては商法二六六条ノ三第一項の取締役の第三者に対する責任の規定に基づき、被告美代子に対しては民法七〇九条に基づき、それぞれ請求債権目録「請求金額」欄記載の各金員及び右各金員に対する本訴状到達の日の後である平成五年二月一七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実(なお、1、2、6の事実については、原告らと被告会社、同宏朗及び同守道の間において争いがない。なお、書証の枝番はアラビア数字で記す。)

1  被告会社は、昭和六〇年一〇月七日に資本金一一〇〇万円で設立された、外国語習得に関する事業等を目的とする株式会社であり、主として中国人を対象とする日本語学校である「太平洋日本語学校」(以下「本件学校」という。)を経営していた。被告会社は、東京都新宿区大久保所在のビルを賃借し、教室数約一〇、修学年限二年、生徒の定員合計約三〇〇名、四月生及び一〇月生の年二回募集、教師約二〇名の規模で学校経営をしていた。

2  被告宏朗は被告会社の代表取締役であり、その実兄の被告守道は同会社の取締役である。

3  被告会社の商業登記簿には、平成二年一一月八日付けで、被告宮川及び同青野が被告会社の取締役に、被告美代子が被告会社の監査役にそれぞれ就任した旨の登記がされている。

4  平成三年に、設立準備中の日本語学校が倒産し、上海の入学希望者が前納した多額の預託金が返還されずトラブルとなつた、いわゆる「上海事件」が発生した。同年六月、その対策として、日本国への在留許可がおりて日本語学校への入学が可能となるまで、入学希望者の前納金を預かり管理する「上海センター」が上海市にできて以来、被告会社の資金源ともいうべき入学希望者からの預託金の受入額が減少し、同会社の資金繰りが苦しくなつてきた。

5  外国人が日本国の在留資格を取得するには一定の資力等を備えた日本における身元保証人が必要であるところ、被告会社は、本件学校への入学希望者に在留資格を取得させるため、脱法的ともいうべき名目的な身元保証人(身元保証人として名義を貸すだけの者。以下「名目的保証人」という。)の紹介を行つていた。ところが、平成四年三月、右事実を知つた東京出入国管理局から、提出ずみの入学希望者らの在留許可申請を取り下げるよう勧告を受け、当時在留許可申請をしていた一〇〇名以上の入学希望者全員につき、右申請を取り下げた。

6  被告会社は、平成四年四月、事実上倒産した。そのため、本件学校の入学希望者は、全員、日本に在留して本件学校で授業を受けることが不可能となつた。被告会社には、原告らに対する預託金の返済資力がない。

三  争点

1  〔争点1〕原告らが、被告会社に対し、請求債権目録「請求金額」欄記載の各金額の預託金返還請求権を有しているか否か。

(一) 原告らの主張

(1) 原告らは、被告会社との間で、それぞれ請求債権目録「締結日」欄記載の年月日ころ、次のイ、ロ記載のような内容の金銭預託契約(以下「本件各契約」という。)を締結し、そのころ、被告会社に対し、それぞれ同目録「預託金額」欄記載の金員を預託した。

イ 原告らは、同目録「入学希望者」欄記載の者(以下「入学希望者」という。なお、同目録記載の原告番号95ないし107の原告らは、原告ら自身が入学希望者である。)の入学金、授業料等として、被告会社に対し、同目録「預託金額」欄記載の金員を、それぞれ預託する。

ロ 被告会社は、原告らに対し、右入学希望者らの在留が許可されない等の場合には、原告らに対し右預託金の全額を返還する。

(2) 被告らの主張に対する反論

イ 被告らの主張(二)(2)について

本件各領収証等の名宛人は、現実に預託手続をとつた本人名ではなく、中国在住の入学希望者やその他の第三者の氏名が記載されていたり、預託者の氏名に代理人の肩書が付されている例がある。しかし、被告会社にとつて、広く入学希望者を募るためには、日本在住か、又は来日の機会の多い原告ら中国人に入学の諸手続をさせ、入国管理局から在留の許可がおりなかつたときは、原告らに直接預託金を返還することが簡便かつ確実であつた。同様に入学希望者自身にとつても、入学手続や在留が許可されなかつた場合の預託金の返還事務を原告らに行わせることが便宜であつた。被告会社は、従来から、在日中国人に入学希望者の入学手続をさせており、入学希望者に在留許可がおりなかつたときは、預託金の領収証等を持参した者(入学手続を行つた者)に預託金を返還する扱いをしていた。以上の次第で、本件各契約において、被告会社は原告らを預託金契約の直接の当事者としていたものであり、そのように解するのが右契約当事者の合理的な意思に合致する。

ロ 同(二)(3)について

被告の主張は争う。また、仮に同(二)(3)の各契約が第三者のためにする契約であつたとしても、本件各契約においては、現実に預託手続をした原告らに預託金を返還する合意があつた以上、預託金返還請求権は原告らに帰属する。

(二) 被告らの主張

(1) 原告らの主張中、原告番号61(ただし、請求債権目録「契約番号」欄記載(1)の契約(以下「契約番号(1)の契約」のように略称する。)は除く)、95、97ないし102、105及び107の各原告らが、被告会社との間で同目録「締結日」欄記載の年月日に本件各契約を締結し、同目録「預託金額」欄記載の額の金員を預託した事実が認め、その余の事実は否認する。

(2) 本件各契約のうち、原告らから領収証等が提出されている契約(請求債権目録「領収証等」欄の記載が〈2〉ないし〈6〉のもの)についての原告らの資格は、領収証等の記載のとおりであつて、〈2〉及び〈3〉の契約については入学希望者の代理人(ただし、〈3〉には入学希望者の氏名の記載がない)、〈4〉及び〈6〉の契約については領収証等の名宛人の使者、〈5〉については契約当事者(その氏名等は不明)の使者であり、その者らは、自己に本件預託金を返済するよう訴求することはできない。

(3) また、本件各契約中、原告らを名宛人とする領収証等を所持しこれを提出している者(右「領収証等」欄に〈1〉とあるもの)のうち、原告ら以外の者を入学希望者としている者については、右各契約に対応する原告らが契約当事者であるが、被告会社との間で、入学希望者を第三者とする第三者のためにする契約が締結されたものである。そして、入学希望者は受益の意思表示をしているから、右原告らには預託金返還請求権はない。

2  〔争点2〕原告らの預託金返還請求権は、弁済等により消滅しているか否か。

(一) 被告会社、同宏朗及び同守道の主張

(1) 弁済

被告会社は、本件各契約のうち、原告番号10、18(契約番号(1))、19(契約番号(1)ないし(20))、28ないし30、44、46、66、80、81、91(契約番号(6)、(13)、(18)、(21)ないし(23)、(25)ないし(33)、(52)、(53)、(56)及び(59))、92、95、97ないし102及び105の原告らの各契約(領収証等の写しが書証として提出されているもの)については、預託金全額を弁済した。

(2) 在留許可申請手続の履行による、預託金返還請求権の一部消滅

イ 本件預託金のうち、三万円から五万円は、在留許可申請の手続費用であり、被告会社が、その手続を行えば返還不要となるものである。なお、預かり金の額が三万円ないし五万円以下のものについては、その全てが右手続費用である。

ロ そして、被告会社は、本件各契約のうち、平成二年一二月三日以前に締結された契約に関する入学希望者全員(約一五〇名)については、在留許可申請の手続を行つた。

ハ よつて、これらの手続費用に見合う部分の預託金については返還義務はない。

(二) 原告らの主張

(一)(1)、(2)イ及び同ロ記載の各事実は否認する。

3  〔争点3〕被告宏朗が、被告会社の代表取締役として商法二六六条ノ三の責任を負うか否か。被告宏朗には、同条所定の悪意又は重過失があつたか否か。

(一) 原告らの主張

(1) 被告会社は、入学希望者からの預託金を重要な運転資金としていたが、右預託金は、入学希望者の日本国への在留が許可されず本件学校への入学が不可能となつたときは、預託者に対し返還されなければならないものであつたところ、平成二、三年以降、在留が許可される者の人数割合が低減したため、返還を要する預託金の額が増大し、被告会社の財務状況は悪化の一途を辿つていつた。

(2) また、入国管理局の実務においては、名目的保証人の斡旋は禁止されており、これが発覚した場合には、日本への留学希望者の在留は許可されない取扱いがされていた。

(3) 被告宏朗は、右(1)、(2)の事実を知りながら、何ら有効な経営改善策をとらず、かつ、入学希望者に対する名目的保証人の斡旋を継続し、会社の経営を破綻させたものであるから、同被告に、商法二六六条ノ三の悪意又は重過失があることは明らかである。

(4) そして、被告宏朗が、被告会社につき何ら有効な経営改善策をとらなかつたことにより、入学希望者らに返還すべき預託金がますます増大したうえ、名目的保証人斡旋の事実が入国管理局に発覚したことにより、被告会社は、入学希望者の在留許可申請を全部取り下げざるを得なくなり、重要な運転資金である預託金が確保できなくなつた。そのため、被告会社は事実上倒産し、原告らは、被告会社から請求債権目録「請求金額」欄記載の各金員の返還を受けられなくなり、同額の損害を被つた。原告らの右損害は、同被告の悪意又は重過失により生じたものであるから、被告宏朗は、商法二六六条ノ三の責任を負う。

(二) 被告宏朗の主張

(1) 右(一)(1)の事実中、本件預託金は、入学希望者の日本国への在留が許可されず、本件学校への入学が不可能となつたときには、預託者に対し返還されなければならないものであつた事実は認め、その余の事実は否認する。

(2) 同(2)の事実は認める。

(3) 同(3)の事実は否認する。

(4) 同(4)の主張は争う。

4  〔争点4〕被告守道が、被告会社の取締役として商法二六六条ノ三の責任を負うか否か。被告守道に、同条所定の悪意又は重過失があつたか否か。

(一) 原告らの主張

(1) 被告守道は、被告会社の取締役として当初は主に名目的保証人斡旋の業務を行つていたが、平成三年七月ころからは、被告宏朗とともに、被告会社の経営全般にかかわるようになつた。

(2) 被告守道は、右3(一)(1)及び(2)の事実を知りながら、被告会社につき、有効な経営改善策を行わず、かつ、入学希望者に対する名目的保証人の斡旋を継続したものであるから、同被告に、商法二六六条ノ三の悪意又は過失があることは明らかである。

(3) そして、被告守道が、被告会社につき何ら有効な経営改善策をとらなかつたことにより、入学希望者らに返還すべき預託金がますます増大したうえ、名目的保証人斡旋の事実が入国管理局に発覚したことにより、被告会社は、入学希望者の在留許可申請を取り下げざるを得なくなり、重要な運転資金である預託金が確保できなくなつた。そのため、被告会社は事実上倒産し、原告らは、被告会社から請求債権目的「請求金額」欄記載の各金員の返還を受けられなくなり、同額の損害を被つた。原告らの右損害は、同被告の悪意又は重過失により生じたものであるから、同被告は、商法二六六条ノ三の責任を負う。

(二) 被告守道の主張

(1) 右(一)(1)及び(2)の事実は否認する。

(2) 同(3)の主張は争う。

5  〔争点5〕被告宮川が、被告会社の取締役として、商法二六六条ノ三第一項の責任を負うか否か。同被告が、平成二年一一月八日以降、被告会社の取締役の地位にあつたか否か。

(一) 原告らの主張

被告宮川は、被告会社の取締役であるにもかかわらず、代表取締役である被告宏朗の前記のような不当な業務執行を漫然と放置していたのであるから、同被告には、商法二六六条ノ三の悪意又は重過失がある。

(二) 被告宮川の主張

右事実は否認する。被告宮川は、被告会社の取締役に就任することを承諾したことはなく、その取締役就任登記手続、株主総会議事録及び取締役会議事録への押印等は、被告会社らが被告宮川に無断でしたものである。

6  〔争点6〕被告青野が、被告会社の取締役として、商法二六六条ノ三第一項の責任を負うか否か。同被告が、平成二年一一月八日以降、被告会社の取締役の地位にあつたか否か。

(一) 原告らの主張

被告青野は、被告会社の取締役であるにもかかわらず、代表取締役である被告宏朗の前記のような不当な業務執行を漫然と放置していたのであるから、同被告には、商法二六六条ノ三の悪意又は重過失がある。

(二) 被告青野の主張

右事実は否認する。被告青野は、被告会社の取締役に就任することを承諾したことはなく、被告青野の取締役就任登記の手続や株主総会議事録及び取締役会議事録への押印等は、被告宏朗らが被告青野に無断でしたものである。

7  〔争点7〕被告美代子が、民法七〇九条の不法行為責任を負うか否か。同被告が、被告会社の共同経営者であつたか否か。

(一) 原告らの主張

(1) 被告美代子は、平成二年一一月八日に被告会社の監査役に就任し、本件学校の入学希望者に名目的保証人を斡旋する業務を行うなど、事実上被告会社の経営に深く関与していた。

(2) 被告美代子には、名目的保証人の斡旋が入国管理局に発覚すれば、入学希望者の在留許可を得られなくなること、そのような事態が生ずれば、被告会社の経営が破綻し、本件預託金の返還ができなくなることを認識しながら、被告宏朗及び守道とともに、不健全な会社経営を継続した過失がある。

(3) その後、被告会社の名目的保証人斡旋の事実が入国管理局に発覚したため、同会社は、入学希望者の在留許可申請を取り下げざるを得なくなり、重要な運転資金である預託金を確保することができなくなつた。その結果、被告会社の倒産し、原告らは、被告会社から請求債権目的「請求金額」欄記載の各金員の返還を受けられなくなつたものである。したがつて、原告らの損害は同被告の故意又は過失により生じたものであるから、同被告は、原告らに対し、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(二) 被告美代子の主張

(1) 右(一)(1)及び(2)の各事実は否認する。被告美代子は、被告会社の監査役に就任することを承諾したことはなく、その監査役就任登記手続等は、被告宏朗らが被告美代子に無断でしたものである。

(2) 同(3)の主張は争う。

8  〔争点8〕過失相殺

(一) 被告青野、同宮川及び同美代子の主張

原告らには、名目的保証人の斡旋を入国管理局が実務上禁止していることを知りながら、本件預託金を被告会社に対して預託した過失がある。したがつて、被告青野、同宮川及び同美代子に損害賠償責任が認められるとしても、原告らの過失割合に応じて、その額を算定すべきである。

(二) 原告らの主張

原告らに過失があるとの事実は否認し、過失相殺の主張は争う。

第三  争点に対する判断

一  争点1(原告らに預託金返還請求権が帰属しているか否か)について

1  原告番号61、95、97ないし102、105及び107の各原告らについて

(一) 原告番号61、95、97ないし102、105及び107の各原告らが、被告会社との間で、それぞれ請求債権目録「締結日」欄記載の年月日ころに本件各契約を締結し、そのころ、同目録「預託金額」欄記載の金員を預託したこと(ただし、原告番号61の契約番号(1)の契約分を除く)については争いがない。

(二) 右事実によれば、右(一)の原告らについては、被告会社に対し、請求債権目録「請求金額」欄記載の金額(ただし、原告番号61の契約番号(1)の契約分を除く)の預託金返還請求権が発生したことを認めることができる。

2  右1以外の原告ら及び原告番号61の契約番号(1)について

(一) 《証拠略》によれば、次の各事実を認めることができる。

(1) 右1の原告ら及び原告番号8、9、17、31、38、42、47、48、55、69、70、72ないし74、76、77、79、82、84、85、87、88、90、104、106の各原告らを除く、その余の原告らは、被告会社に対し、請求債権目録「締結日」欄記載の各年月日ころ、同目録「預託金額」欄記載の額の金員(同預託金額欄記載の金額が本件において提出された領収証等の金額を超えるときは、領収証等に記載されている金額による)を交付し、それと引換えに、被告会社から、それぞれ領収証等の交付を受けた。なお、原告番号83の預託金額のうち一万円については株式会社協和埼玉銀行から振込送金された。

(2) 右の領収証等は、文書の表題、名宛人欄、金額欄及び発行者である本件学校名の記載等があらかじめ不動文字で印刷してある用紙が用いられており、被告会社の従業員らが名宛人欄、金額欄等に所定事項を記入して作成し、右2(一)の原告らに交付したものである。その記載事項は区々であるがこれを大別すると、請求債権目録冒頭の〔説明〕第二項記載の〈1〉ないし〈6〉の六種類に分けることができ、右2(一)の原告らが提出した領収証等の種類も、同目録「領収証等」欄記載のとおり分類することができる。

(3) 右の領収証等の不動文字部分については、〈1〉 その表題部が「領収証」となつているものや「預かり証」となつているもの等があり、〈2〉 その名宛人欄についても、「氏名」とのみ印刷されているもの、「代理人」とのみ印刷されているもの及び右の両方が印刷されているものなど、その形式は区々である。

(4) また、被告会社は、極めて多数の入学希望者について本件学校への入学に必要な諸手続を行つており、従来から、在日中国人に入学希望者の入学手続をさせるとともに、入学希望者に入国管理局が在留を許可しなかつた場合には、現実に被告会社に領収証等を持参した者であつて、入学手続を現実に行つた者らに預託金を返還する取扱いをしていた。

(5) さらに、原告らは殆どが中国人であり、いずれの者も日本に在住しているか、来日の機会を多く持つていたものであるが、被告会社は、後記三1(二)のように、入学希望者からの預託金を会社の重要な運転資金としており、広く入学希望者を募集して右預託金を確保する必要性が高かつたところ、そのためには、右原告らに日本国における在留許可の申請手続及び本件学校への入学手続をさせ、もし入国管理局から入学希望者の在留許可がおりなかつたときは、原告らに預託金を返還する取扱いをすることが事務処理上も簡便かつ確実であると認識していた。入学希望者及び原告らも右と同様の理解をしていた。

(二)(1) 右2(一)の事実に基づいて検討すると、請求債権目録「領収証等」欄の記載が〈1〉の各契約(領収証等の名宛人が原告本人名義であるもの)については、それに対応する各原告ら自身が本件各契約の当事者となつたものと認められる。

(2) また、同欄の記載が〈2〉(原告らの氏名に代理人の肩書が付され入学希望者の氏名が併記されているもの)及び〈3〉(原告らの氏名に代理人の肩書が付されているが、入学希望者の氏名の記載がないもの)の各契約についても、[1] 右2(一)(3)ないし(5)の事実に照らすと、被告会社において、特に領収証等の名宛人欄の不動文字の記載を重視してこれらを使い分けたり、原告らにおいて、右の不動文字の記載をことさら重視していたという事情が窺えないこと、[2] 領収証等には、右原告らの氏名が記載されていること、[3] 右原告らを契約当事者とすることが、被告会社、原告ら及び入学希望者らのいずれにとつても便宜であつて、右関係者らの意向に沿うものであつたこと等に照らすと、これらの者の各契約においても、右原告らが契約当事者となつたものであると認めることができる。

《証拠判断略》

(3) さらに、本件各契約のうち、同欄の記載が〈4〉のもの(領収証等の名宛人として入学希望者の氏名が記載されているもの。ただし、原告番号54の原告を除く)についても、[1] 原告らが現実に金銭の預託手続を行つていること、[2] 右原告らを契約当事者とすることが、前同様に被告会社、原告ら及び入学希望者らのいずれにとつても便宜であること、[3] 甲三(太平洋日本語学校被害者調査票)の記載により、甲二の領収証等の記載と原告らとの結びつきを認めることができること等の事実に照らすときは、右原告らが本件の契約当事者となつた事実を推認することができる。

《証拠判断略》

ただし、甲三が提出されていない原告番号54の原告王彦については、甲二の107の記載と同原告との結びつきが明らかでないから、同原告が本件契約の当事者であることを認めることはできない。

(三) 一方、請求債権目録「領収証等」欄の記載が〈5〉及び〈6〉の原告らについては、甲二の各号証の名宛人として、本件とは直接かかわりのない者の氏名が記載されていること等の事実に照らし、右2(一)の事実及び甲三の記載のみでは、いまだ右原告らが本件契約の当事者であることを認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる十分な証拠はない。

(四) また、同目録同欄の記載が〈7〉の原告らについては、前記認定のとおり、被告会社が預託金を受領するのと引換えに、預託した者に領収証等を交付していた事実等に照らすと、領収証等の所持の立証がなく、甲三の1ないし60の記載があるのみでは、いまだその主張事実を認めるに足りず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。なお、原告番号104の繆銀テイ(女へんに弟)については、提出された預かり証には名宛人の記載がないから、右〈7〉の場合に該当し、同様に、契約当事者と認めることはできないというべきである。

3  被告らの主張に対する検討

被告らは、右1(一)の原告らのうち、原告ら本人が入学希望者となつていないものについては、入学希望者に返還請求権を帰属させる旨の第三者のためにする契約締結の合意がされたのであり、第三者たる入学希望者は受益の意思表示をしたから、原告らには本件預託金の返還請求権はないと主張する。しかしながら、本件全証拠によつても、右合意等の事実を認めることはできない。

4  まとめ

以上により、争点1についての判断は、以下のとおりとなる。

(一) 原告らのうち、被告会社に対し、預託金返還請求権を有する者は、別紙認容金額目録(以下、単に「認容金額目録」という。)「氏名」欄記載の原告ら八〇名のみである。

(二) ただし、右(一)の原告らのうち、原告番号10、15、19、44、45、67、68、91、94及び96の各原告らが、契約当事者として被告会社に預託したものと認められる金額は、同目録「認容金額」欄記載の限度であり、その限度において預託金返還請求権を有する。

(三) そして、右(一)以外の原告らの請求の全部及び右(二)の原告らの請求のうち、右認容額を超える部分については、その余の争点について判断するまでもなく、失当であつて理由がないことになる。

二  争点2(預託金返還請求権の消滅)について

1  弁済の抗弁について

右抗弁事実に関する被告ら主張の事実は、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。なお、被告会社代表者兼被告宏朗の供述中には、甲二の書証の中には写しを原本にしているものがあり、被告会社が預託者らに預託金を返還して領収証等の返還を受ける前に、同人らが領収証等をコピーすることも可能であるから、これをもつて本件預託契約者であることの証拠とすることはできないとの供述部分がある。しかしながら、《証拠略》によつて認められる次の事実、すなわち、被告会社の領収証等の交付及び返還事務の取扱いにおいて画一的でない部分があり、かなり区々であつたことや、右預託当時はともかく、現在、原告らの多くが中国に在住していること等の事情に照らすと、右供述のみでは、本訴で領収証等の写しが原本として提出されている契約につき、被告会社が預託金を既に全額弁済したものと直ちに推認することはできない。

2  在留許可申請手続の履行による一部消滅の抗弁について

全立証によるも、右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。のみならず、被告会社、同宏朗及び同守道は、右抗弁によつて影響を受けるべき原告らを特定せず、かつ、これによつて影響を受けるべき金額(手続料額)を具体的に特定して主張していない。右被告らは、預託金の額が三万円から五万円以下の場合には、そのすべてが申請手続料である旨を主張するが、このような区々の金額が全額右手続料である事実を認めるに足りる証拠はなく、また、右手続料を徴収した入学希望者全員につき、被告会社が在留許可申請手続をした事実を認めるに足りる証拠もない。したがつて、右被告らのこの点の抗弁は失当であつて、採用することができない。

三  争点3(被告宏朗の商法二六六条ノ三に基づく責任)について

1  前記争いのない事実等に《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 被告宏朗は、石油精製会社に二〇年間勤務した後、母校の大学院で五年間経営学を学び、昭和六〇年ころ、日本における外国語教育の企業化を目指して会社の設立を企画し、同年一〇月、実弟である亡清家健治(以下「健治」という。)らとともに、被告会社を設立した。同会社の資本金一一〇〇万円のうち五〇〇万円は健治が、三〇〇万円は被告宏朗が出資し、その他は健治や被告宏朗の友人らが出資した。被告宏朗が設立当初から代表取締役に就任し、同会社が倒産した平成四年四月までその経営の任に当たつていた。

(二) 被告会社の事業目的は、前記第二、二、1の争いのない事実等に記載したとおり、主として中国人を対象とする日本語学校の経営であり、東京都新宿区大久保二丁目にビルを賃借し、平成四年までの間に、教室数約一〇、修学年限二年、生徒の定員合計約三〇〇名、四月生及び一〇月生の年二回募集、教師約二〇名の規模にまで経営を広げた。しかし、会社は自己資金に乏しく、当初から苦しい経営を強いられた。被告会社は、中国在住の入学希望者から日本国への在留許可がおりる前に前納金として一定の預託金を受領し、これを会社の重要な運転資金としていたが、この金員は、もし入学希望者に対する日本国への在留許可がおりなかつたときは、即時全額返還しなければならない性質のものであつたから、万一右不許可の率が増大するときは、その返済金額が大きくなり、会社の経営が行き詰まることは火を見るよりも明らかといつても過言でなかつた。しかるに、被告宏朗は、右預託金(貸借対照表上は負債項目の「前受金」として処理)のほかに、他から営業資金を有利な条件で調達するなどして、被告会社の健全な経営をする努力を十分には尽くさず、安易に右不安定な預託金を重要な運転資金として、会社運営に当たつていた。

(三) 平成三年ころから、社会情勢の変化等によつて、中国人入学希望者の在留許可率が次第に低下し、被告会社の取扱いによつて在留許可申請をした者のうち、在留が許可された者の割合は、同年四月入学予定者につき四二パーセント、同年一〇月入学予定者につき三七パーセントにすぎなかつたため、入学希望者に対し預託金を返還すべき金額が増大し、同年九月三〇日の決算期においては約二二〇〇万円に達した。そのうえ、いわゆる「上海事件」の発生後、同年六月、「因私出入境服務中心」と称する日本語学校への預託金管理機関、いわゆる上海留学生センターが上海市に設立されるに及び、従来と異なつて、被告会社が、直接上海出資の入学希望者から入学金等の前納金の預託を受けることができなくなつた。そのため、右預託金を運転資金としていた被告会社は、たちまち資金不足をきたし、いわゆる自転車操業の事態に陥つた。本件原告らの多くはこのような時期に、本件各契約を締結し、被告会社に預託金を交付した者であり、被告宏朗は右のような用途に用いられる金員としてその受領事務をさせていた。

(四) 被告宏朗は、右のような事態にもかかわらず、被告会社の経営体質を適時に改善することを十分にせず、いたずらに会社経理上、減資や増資の措置をして帳簿上の債務額を圧縮し金融機関からの融資を受け易くしようとしたり、入学希望者からの既払の預託金を保留するため上海留学生センターに対し入学金等の額を過少報告したり、また、入学金や授業料以外の名目で金員を預かり、上海在住者以外の者からの預託金を納入させて会社の運転資金としたりして、被告会社の経営危機を乗り切ろうとするに止まつた。

(五) 一方、入国管理局の実務においては、日本国への在留を希望する外国人に対し名目的保証人を斡旋することを禁止しており、これが発覚した場合には、在留許可申請を却下し、その者の在留を許可しない運用がされていたところ、被告会社は、設立当初から名目的保証人の斡旋を行つていたばかりか、被告宏朗も、右のような入国管理局の運用を十分知りながら、かつ、右が発覚した場合の会社経営への悪影響を十分予見しながら、右名目的保証人の斡旋行為を継続していた。

(六) 平成四年三月、東京出入国管理局は、被告会社が名目的保証人を斡旋している事実を知り、同会社に対し入学希望者の在留許可申請を取り下げるよう勧告した、これを受けて、被告会社は、一〇〇名以上の入学希望者全員につき、右申請を取り下げた。

この時点において、被告会社は、重要な運転資金であつた入学希望者からの預託金を得ることが不可能となり、即時返還すべき金額も増大して、同年四月、事実上倒産した。

以下の事実を認めることができる。

《証拠判断略》

2  右認定の事実に基づいて検討するに、被告宏朗は、右1(二)のような被告会社の経営体質を十分に改善せず、安易に中国人らの生徒募集を続けてその預託金を被告会社の運営資金に流用し続け、かつ、入学希望者に対する名目的保証人斡旋の事実が入国管理局に発覚するときは、入学希望者の在留許可申請がすべて不許可となり、右預託金が確保できなくなる可能性があることを認識しながら名目的保証人の紹介を継続したものと認められる。

3  以上によれば、被告宏朗には、被告会社の代表取締役としての職務を行うにつき重大なる過失があり、これによつて被告会社は倒産し、右原告らに対する預託金の返還ができず、同原告らに対し、同額の損害を与えたものと認められる。したがつて、同被告は、認容金額目録「氏名」欄記載の各原告らに対し、同目録「認容金額」欄記載の金額について、商法二六六条ノ三に基づく損害賠償責任を負うことになる。

四  争点4(被告守道の商法二六六条ノ三に基づく責任)について

1  前記争いのない事実等に《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 被告守道は、同宏朗の実兄であり、愛媛県内でタクシー会社及び建設会社、不動産会社等を経営していたが、右の各会社は、昭和六一年ころに倒産した。その後、同被告は被告宏朗からの誘いを受けて上京し、同六三年一一月四日、被告会社の取締役に就任した。そして、同被告は、被告会社の事務所に頻繁に足を運び、被告会社の事務を行つていた。

同被告は、平成二年三月ころからは、東京都内の不動産開発会社に勤務するようになつたが、被告宏朗が病気で入院したため、同三年二月から同年八月ころまでの間、宏朗を代行して被告会社の運営を行うとともに、同年七月ころには、それまで行つていた右不動産会社を退社し、被告会社の業務に専念していた。

(二) 被告守道は、被告会社が、入学希望者からの預かり金を経営資金としていたこと、入学希望者に対し名目的保証人の斡旋を行つていたこと、入国管理局の実務上、名目的保証人の斡旋等が発覚するときは、当該入学希望者について、日本への在留が許可されないことを知つていた。しかるに同被告は、取締役として、右三1のような被告会社の経営姿勢の改善を被告宏朗に求めることもなく、安易に名目的保証人の斡旋活動を継続した。

(三) 被告守道は、被告会社から、平成元年度には年額八四〇万円、同二年度には一〇二〇万円の役員報酬を受け取るとともに、本件学校内においては被告宏朗が校長、同守道が理事長の肩書を用いていた。

2  右1の事実及び右三1で認定した事実を基に検討すると、被告守道は、同宏朗とともに、被告会社の経営に直接関与していたこと、右三1(二)のような被告会社の経営体質を改善せず、預託金の経営資金への流用を継続し、かつ、入学希望者に対する名目的保証人の斡旋が入国管理局に発覚すれば、入学希望者の在留許可申請がすべて不許可となり、被告会社の重要な経営資金である入学希望者からの預託金が確保できなくなる可能性があることを認識しつつ名目的保証人の紹介を継続していたものと認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

3  以上によれば、被告守道は、被告会社の取締役として、代表取締役被告宏朗の職務懈怠に対する監視義務を怠り、その職務を行うにつき重大な過失があつたというべきであり、これによつて被告会社の経営は破綻し、右原告らに対する預託金の返還が不能に帰し、よつて右原告らに対し同額の損害を与えたものと認められる。したがつて、同被告は、認容金額目録「氏名」欄記載の各原告らに対し、同目録「認容金額」欄記載の金額について、商法二六六条ノ三に基づく損害賠償責任を負うことになる。

五  争点5(被告宮川の商法二六六条ノ三に基づく責任)について

1  前記当事者間に争いのない事実及び《証拠略》によれば、被告会社の申請により、平成二年一一月八日、被告会社の商業登記簿に被告宮川の取締役就任登記がされたこと、これに先立ち、被告会社の同日付け定時株主総会議事録及び取締役会議事録が作成され、これらが右申請の際に添付書類として提出されたことが認められる。しかしながら、《証拠略》及び被告宮川によれば、右各議事録は、被告宏朗の指示で、被告会社の職員が被告宮川に無断で作成した偽造文書であることが認められ、他に、これらの文書が真正に成立した事実を認めるに足りる証拠はない。

2  また、《証拠略》によれば、〈1〉 被告宮川は、健治とは個人的な交際があつたが、被告宏朗及び同守道とは顔見知り程度の関係で、特に個人的な交際はなかつたこと、〈2〉 被告会社においては、現実に株主総会や取締役会が開催されたことはないこと、〈3〉 被告宮川の履歴書は、被告宏朗の指示で被告会社の社員が偽造したものであること、〈4〉 被告宮川は、被告会社から役員報酬を受領したことはなく、被告会社に対して出資をしたことも、被告会社の運営に携わつたこともないことが認められ、これらに、右1の各議事録の被告宮川作成部分が偽造されたものであることとを合わせ考えると、被告宮川が、右登記申請の際、被告会社の取締役に就任することを承諾していたと認めることはできない。

3  したがつて、被告宮川が、平成二年一一月九日付けで被告会社の取締役に就任した事実を認めることはできないから、原告らの被告宮川に対する商法二六六条ノ三の規定に基づく請求は、その前提を欠き、理由がないことになる。

六  争点6(被告青野の商法二六六条ノ三に基づく責任)について

1  前記当事者間に争いのない事実及び《証拠略》によれば、被告会社の申請に基づき、平成二年一一月八日、被告会社の商業登記簿に被告青野の取締役就任登記がされたこと、これに先立ち、被告会社の同日付け定時株主総会議事録及び取締役会議事録が作成され、これらが右申請の際に添付書類として提出されたことが認められる。しかしながら、《証拠略》によれば、右各議事録の被告青野作成部分は、被告宏朗の指示で被告会社の職員が、被告青野に無断で作成した偽造文書であることが認められ、他にこれらが真正に成立した事実を認めるに足りる証拠はない。

2  また、《証拠略》によれば、被告青野の履歴書は、被告宏朗の指示で被告会社の社員が偽造したものであること、被告青野は、被告会社から役員報酬を受領したことはなく、被告会社に対して出資をしたことも、被告会社の運営に携わつたこともないことが認められ、これらの事実に、右五1〈2〉の事実及び1の各議事録が偽造されたものであることを合わせ考えると、被告青野は、平成二年一一月九日付けの登記申請の際、被告会社の取締役に就任することを承諾していたと認めることはできない。

3  したがつて、被告青野が、平成二年一一月九日付けで被告会社の取締役に就任した事実は認められないから、原告らの被告青野に対する、商法二六六条ノ三に基づく請求は、その前提を欠き、理由がないことになる。

七  争点7(被告美代子の不法行為責任)について

1  前記当事者間に争いのない事実及び《証拠略》によれば、〈1〉 被告美代子は、健治の妻であるが、平成二年一一月八日、被告会社の商業登記簿に同被告の監査役就任の登記がされ、また、右申請の添付書類である定時株主総会議事録には、同被告が監査役就任を承諾した旨の記載があること、〈2〉 被告会社の確定申告書控には、同被告が被告会社の株式を一〇〇株所有している旨の記載があること、〈3〉 同被告は、被告会社から同年一一月以降同三年一一月までの間、月額一〇万円(合計一三〇万円)の送金を受け、このうち同二年一一月分から同三年九月分までは、甲二二の被告会社の決算報告書に役員報酬として計上されていること、〈4〉 被告会社作成の「保証人関係」と題する書面には、名目的保証人の紹介者として、同被告の氏名が記載されていること、以上の各事実が認められる。

2  しかしながら、前記第三、五及び六で認定した事実、《証拠略》によれば、〈1〉前記定時株主総会議事録の被告宮川及び同青野作成名義部分並びに甲一三(平成三年一月一〇日付け取締役会議事録)の被告美代子作成名義部分は、いずれも被告会社の者によつて偽造されたものであり、したがつて、監査役就任の登記は被告美代子の意思に基づかないものであること、〈2〉同被告は、健治の死亡の前後を通じ、会社経営に携わつたことはもちろん就職した事実もなく、また、本件学校に赴いたことも、被告会社の監査事務をとり行つたこともないこと、以上の事実を認めることができる。

そうであるならば、被告美代子は、被告宏朗及び同守道と共同して被告会社の経営に当たつていたものとは到底認めることができず、また、右経営の任に当たるべきであつたということもできない。したがつて、同被告が被告会社の倒産につき、原告ら主張のような不法行為責任を負うに由なく、右倒産によつて原告らが被つた損害を賠償すべき責任もないことになる。結局、原告らの、争点7に関する主張は、これを採用することができない。

第四  結論

以上の次第であるから、原告らの請求は、認容金額目録「氏名」欄記載の各原告らが、被告会社、同宏朗及び同守道に対し、各自、同目録「認容金額」欄記載の各金員の支払いを求める限度において理由があるから、これを認容することとし、同原告らのうち原告番号10、15、19、44、45、67、68、91、94及び96の各原告らの右被告ら三名に対するその余の請求及び同原告らの被告宮川、同青野及び同美代子の三名に対する各請求並びに同原告ら以外の原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河野信夫 裁判官 舘内比佐志 裁判官 田中一彦)

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